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俺の人格形成に影響を与えた物語3

超絶人気シリーズの『俺の人格形成に影響を与えた物語BEST10』第三話です。


その3は『いなかのねずみととかいのねずみ』です。
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ある日、まちのねずみはいなかへあそびに行きました。そして、いなかのねずみに「いなかのせいかつはつまらないね。まちには おいしいチーズやハムやケーキがあるよ。あそびに来ないか」と言いました。いなかのねずみは食べることがだいすきですから、「うん、行くよ」とこたえました。

いなかのねずみが まちのねずみの家にあそびに行ったら、ほんとうに食べ物と飲み物がたくさんありました。チーズ、ケーキ、ジュース...いなかのねずみは「これはすごい!おいしい。おいしい」と言って ごちそうを食べました。

でも...いなかのねずみとまちのねずみがごちそうを食べているとき、こわいねこや、いぬがへやに入ってきました。いなかのねずみは「ひゃ〜! たすけて!!」と言っていなかの家へ帰りました。まちには ごちそうもたくさんありましたが、きけんもたくさんあったんです。

いなかに帰ったねずみは、じぶんのへやであたたかいおちゃを飲んで、「ああ、じぶんの家が一番いいなあ」と言いました。
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これですね、初めて聴いたのは幼稚園の頃でしたが、俺は当時から違和感を感じまくりだったわけです。個人の感想として初めて割り切れない物語に接した印象でした。

それは、『ぼくは田舎のネズミと都会のネズミのどっちなんだ?』
ということです。

そう!これを単に「田舎はいいね。」と読む子供や大人は読解力がなさ過ぎです。
これはどちらも一長一短だと提示しているだけに過ぎません。

この問いは非常に尾を引き、いままで『どちらでもあり得る自分』というものを絶えず意識して生きてきたワケですが、…最近答えがそうではない事に気がつきました。


それは、『自分は田舎のネズミとして産まれたが、田舎のネズミだけで狭い価値観を共有したくはない』という俺の遺伝子に書いてあった本能です。

田舎に産まれた、都会に産まれた、そこに住んでいるというだけで、生き方や思想・信条・習慣・慣習にいたるまで支配されたくはない、という俺の自我の目覚めに直結したキー・センテンスだったのです。

だから私は子供の頃から個人主義者なんです。

もともと引っ越しが多く(※18才までに10回)、地元という感覚が最終的には内面に育ちませんでした。
俺の『地元(田舎)』の説明も内心では酷く怪しいです。なにせ私が今地元と称している人的ネットワークは7年しか関わりがない上に、実家に至っては4年ほどしか住んでいません。

土地に依存できなかったアイデンティティーは、もはや長所だと割り切っております。

それでいいんです。俺は。

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